軽便鉄道時代の樺太庁鉄道


樺太の鉄道は1906年に600mm軌間の軍用鉄道としてコルサコフ(後の大泊)-ウラジミロフカ(後の豊原)間が開業したのが始まりであり、この鉄道は樺太庁に移管され1907年8月1日から一般営業が開始された。

開業当初の駅はコルサコフ(大泊)・トレチャパーチ(三ノ沢)・ソロイヨフカ(貝塚)・ミツリヨフカ(中里)・ホムトフカ(清川)・ウラジミロフカ(豊原)の6駅で、1908年4月にコルサコフが大泊、ウラジミロフカが豊原に、1911年3月には残りの駅が日本名へと改称された。

1908年6月1日、航路接続の便を図り栄町-大泊間が延長される。1909年には山間を迂回していた大泊-トレチャパーチ間の線路が海岸沿いに移設された。

1910年11月3日、改軌工事が完了し以降は1067mm軌間の普通鉄道として営業される。

開業の告示
『樺太法令類聚』明治41年

出典:『樺太法令類聚』明治41年,樺太庁(国立国会図書館デジタルコレクション)

開業当初1908(明治41)年1月時点の時刻表
『旅行案内』明治41年1月号,交益社

出典:『旅行案内』明治41年1月号,交益社
ペルワヤパーチ・フタラヤパーチの両駅は開業告示に無く時刻もおかしいが、詳細は不明

1909(明治42)年当時の地形図
栄町-ミツリヨフカ間
仮製樺太南部五万分一 1
ミツリヨフカ-豊原間
仮製樺太南部五万分一 2

仮製樺太南部五万分一「大泊」・「小里」・「一ノ沢」・「豊原」・「唐松」を合成、いずれも明治42年則図


主な参考資料:
『樺太法令類聚』明治41年,樺太庁(国立国会図書館デジタルコレクション)
『樺太法令類聚』明治45年,樺太庁(国立国会図書館デジタルコレクション)
・小熊米雄「樺太の軍用軽便鉄道」,『鉄道ピクトリアル』1966年8月号
・高山拡志『旧国鉄・JR鉄道線廃止停車場一覧 補訂第2版』(2000)


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